プロフィール

2019/01/28

会田です。関西の田舎で中古品を売ったりしてます。
ちなみにあなたはご結婚されてますか?

私は、いいえです
37才のとき、離婚しました。

平凡な毎日が崩壊して一家離散

離婚は結婚の3倍たいへんと言いますが
あれは本当です。

ぼくが1年の長期出張から戻ると
入れ替わるかのように、元奥さんが出て行きました。

結婚して2年。
ほとんどいっしょにいる時間がなく
さみしい思いをさせたからだろうと、
何度も自分を責めました。

それで、何度か話し合いをしました。
しかし、

「暮らすだけならいいけど、男性としてはちょっと。。。」

「赤ちゃんはほしいけど、あなたの子供はいらない」

と、心ない言葉ばかり連呼されるし、
別居中の居所を教えようとしないし、

「いくらなんでもおかしいんじゃないか?」

と思って、探偵に相談に行きました。

「すぐに調査しましょう」

と言われて、お願いしました。
2週間で結果は出ました。

奥さん、ホテルに行くのを目撃しましたよ。。。

激昂(げっこう)した私は
さらに探偵さんにお願いして相手の男性の素性を調べました。

男性は、私と結婚する前に元奥さんが付き合っていた元彼でした。

さらによくよく調べてみると、
元彼は既婚でした。

彼が別の女性と結婚を決めて、
彼とはもう結婚できないから
元奥さんは私と付き合い、結婚することにしたのです。。。

しかし彼女の心には
どこかに彼の存在があったのでしょう。

ぼくがいない間にふたりは連絡を取り合い、
お互いのパートナーを裏切って
何度も逢瀬(おうせ)を重ねていたのです。

悲壮な新婚生活

それでもぼくは、病めるときも健やかなるときも
彼女を愛すると誓ったから

「許すからやりなおそう」

と言いました。

しばらく修復をがんばりました。
しかしぼく自身、彼女を心から許すことができませんでした。

結果、彼女を追い詰めてしまい、
罪の意識に悩んでいた彼女は、糸が切れたみたいに家を出て行きました。

家庭裁判所に通う毎日

しばらくして、彼女の代理人を名乗る弁護士から
挑戦的な手紙がきました。

「ああ、もうやるしかないんだな」と思いました。

その後、弁護士との離婚交渉をやって交渉決裂
離婚調停になりました。

私はカンペキな不倫の証拠をにぎっているので
裁判も辞さない覚悟で、弁護士もつけずに戦い抜き
レクサス1台分の解決金をもらって離婚しました。

しかしその代償は大きく、
私自身がおかしくなっていきました。

暴力への衝動

ぼくは、めったにおこったりしないのですが
度重なる東京への長期出張の中で
横柄な上司の態度が許せなくて
はげしく恫喝(どうかつ)しちゃったんですね

大人気ないことに、逃げ場も作らずに延々と。。。

上司にもプライドがありますので
表ざたにはなりませんでした
でも以後は何をやってもすべての査定が最低になりました。

大きくやる気がなくなりました。

またエンジニアって長時間労働当たり前の世界なんですが
集中力にムラが出て、8時間集中するのもしんどくなりました。
朝起きられなくなって、午前休しすぎて有給もなくなりました。

つとめ人として生きるのはムリかもしれないなと感じました。

副業の成功と理性の崩壊

いつリストラされてもいいように
副業で中古カメラ売るようになりました。

カメラはやっていて楽しく、
儲けも増えていったのですが
本業のほうがますますおかしくなっていきました。

ついに2014年の年度末、
お世話になった取引先との契約が終えた瞬間から、
糸が切れたみたいになりました。

始業時刻になっても完全に他人事に感じて
会社に行かなくなりました。

行きたくない!とかじゃなくて、
時間になっても体が動きませんでした。

1週間たってもぜんぜん行く気にならないので
「さすがにおかしい、なんだこれは?」と思い
病院にいくと、『うつ病』と診断されました。

そして会社に『戦力外』の烙印を押されて、
クビになりました。。。

それでも、いいじゃないか。。。

今は、あまり無理をせずに実家のある田舎に戻って
のんびり暮らしてます。
まあ、仕方なくやってる部分もあるのですが、
なんとか食べていけてます。

ありのままの自分の生活をお伝えしていくうちに

『なるほど、会田さんみたいに生きる方法もあるんだ』

という声をいただくようになってきました。

私のように開き直って生きる方法もありますし、
部分的に取り入れて、たくましく生きていく方法もあります。
世に言う成功者じゃなくてもいいじゃないですか。
楽しく生きていきましょう!

Posted by aida